観魚洞隧道

国道135号を迂回しようと歩いていたら、いい雰囲気のトンネルに辿り着いた。

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見るからに古そう。トンネル内は、車両の離合出来なさそう。

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掘って石を積んで仕上げたトンネル。明治時代に造られ、90年近く利用されているらしい。メンテナンスをキチンとすれば、インフラは長持ちする。戦後のインフラのほうが、耐久性には難が有るかも。

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この先が錦ヶ浦。アカオホテルの施設が沢山建っている一帯。車で来るお客は、現国道135号からやって来るけど、こちらは静かで、ゆっくり海を見下ろしながら、歩ける。

伊豆の廃道

国道135号。車輌通行量が多いなか、トンネルは懲りたので、迂回路を探そうと思ったら、封鎖された道路がトンネル横に有った。

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黄色のセンターラインが残っており、恐らく旧国道135号。整備されておらず、トンネル横から車輌が侵入出来ないように封鎖された状態から、廃道のもよう。落石も倒木も放置したまま。車が一台も走ってこないので、歩くには快適。

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しかし、旧道にもトンネルは有った。ギリギリ2台が離合出来そうだけど、大型車輌は無理そう。天井も高くないし。

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宇佐美隧道から歩き出て、掲額を見上げると「宇佐美隧道」とのこと。

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2019年、令和元年はお遍路に行けず

勤めるブラック企業では、夏期休暇は6月から9月までに取得せねばならぬ。

取れないじゃ無いか( TДT)

現場では、ちゃんと連続で休みを取ってる、組合の目も有ると聞いていたのに……

酷いぉ(´д`|||)

2018年お遍路

昨年、平成29年に父が亡くなった。葬式やなんだで、お遍路などに行く余裕は無かった。

今年は、無理矢理、休みと銭を調達して、高知県に出掛けた。

大雨、台風、地震と、平成30年は災害が多い。夏休み5日間で高知県の札所を歩いたが、うち3日は降雨に見舞われた。

陽射し、紫外線がきつくなくて良い、と思うようにしたいが、蒸し暑さと、地図を確認する機会が少なくなってしまうので、道に迷いやすい……実際に迷ったし(´・ω・`)

あとで、日記を付けなきゃなぁ

2016年お遍路準備

お遍路に行く準備をする。買い足さないとならないものをリストアップ。

御線香、蝋燭、ライター、テーピング

持って行く物を書き出すと、ザックを含め、全42品目。野宿で歩く人はもっと多いし、重量も軽く10キロを超える。でもメタボには42品目でも重たい(´・ω・`)

天気予報を見ると、台風10号が停滞しているため、四国は天気が悪いらしい。
( ノД`)…

コメダ珈琲店でモーニングしながら、バソコンで行程や持ち物リストを作成。家より快適で困る( *・ω・)ノ

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平成27年区切打ち 平成27年8月22日 (土) その4

2015年8月22日 土曜日 その4

峠道を下った先のT字路を左折すると、直ぐに踏切が目に入った。
踏切で線路上を眺めると、直ぐそこに由岐駅が有った。一度駅に行って
時刻表を確認してから、昼ごはんが食べられそうな店を探すことにしよう。

踏切を渡り左に歩くと、神社が鎮座していた。無住の神社だが、ここを区切りの
場所にすることにした。手を合わせ、また四国に来られますようにとお願いする。

由岐駅は、四国の駅としては大きめ。観光シーズンには観光客が利用するのだろう。
駅舎内に観光案内所と土産物売り場が、設けられていた。顔ハメ看板が有る。
一部好事家はブログなども作って、顔ハメ看板写真をコレクションしてる。
由岐町は海老がセールスポイントらしく、海老を擬人化した顔ハメ看板。
土産物スペースでは、生きた海産物も売っていた。当然海老も水槽にいらっしゃった。

時刻表を見ると、由岐駅は特急も停車する駅だった。電車が来ないという心配は
不要となった。トイレを借りて観光案内所のご婦人に、町中で食事できる店が
無いか聞いてみた。2軒の候補を教えて貰い、お勧めの方に行ってみる。
しかし、暖簾は下がっていない。今日は休みのようだった。町を歩くと元銀行
元商店、元役場などの、無人の建物ばかりが目に入る。それでも、ある程度は
人が活動しているようで、更地になったばかりと思われる区画も多く目にした。
商業活動は駅前から、国道などの幹線沿いに移ったのだろう。

もう一軒の店は開いていた。お好み焼きの店らしい。
店内には昼時という事もあり、お客が入っていた。
バックパッカーらしき外国人カップルもお好み焼きを食べていた。
高齢の夫婦で営んでいるらしい。地元の人がかき氷を食べに来ていた。

お好み焼きでは腹にもたれそうだったが、定食などのメニューは
余り無いようだ。お好み焼きと瓶ビールを注文した。

白衣を来たお遍路は目立つようで、家族連れと外国人カップルが
ビールを音を立てて飲み干すオッサンを見ていた。
お遍路が真昼間からビールを呑むのは、やはり以外なのだろう。

店のお爺ちゃんが、お好み焼きを自分で焼くか、焼いてもらうか
聞いてきたので、焼いてくださいと頼んだ。
するとお爺ちゃんは、へらで鉄板をゴリゴリと焼けカスや
焦げを擦り取り始めた。大らかで穏やかな表情のお爺ちゃん。
油を吸った焦げカスが、白衣に飛んでくるが気が付かない模様。
汚れるやんか!と思うが、言い出せなかった。身体を捩ってみたが
お爺ちゃんは、やはり気が付かず(^^ゞ

お好み焼きは大阪風だった。ビールとお好み焼きって本当に
よく合う組み合わせだと思う。とても美味しい。

外国人カップルに、写真を撮っても良いかと聞かれた。
お遍路では無く、お好み焼きが珍しいようだ。
一生懸命、お好み焼きを写真に収めていた。家族連れの奥さんが
お遍路ですか?と聞いてくる。そうです、歩いていますと答えると
今日は薬王寺まで行くのかと尋ねられた。なかなか距離感を得た
質問だ。車で旅行などをしていると距離感が全く違うので
たまに道の駅で旅行者に声を掛けられると、とんでも無く遠い街まで
行くのかと聞かれたりする。私は夏休みが本日までなので
由岐駅から徳島に戻ると伝えた。まだ若いし、日も高いから日和佐までは
着けるんじゃないと言われた。その通りだと思う。17時過ぎには
今からでも到着出来る。しかし、そこから電車で戻り徳島駅に
着いた頃に、土産物屋がどの程度営業しているかが問題だ。
社畜なので、土産も買わずに仕事に戻る訳にはいかんのだ(´・ω・`) 

由岐駅からディーゼル列車で徳島駅へ向かう。
早いなぁ。文明の利器って本当に便利だと思う。
新幹線を通して欲しい、と陳情する地方が多い事はニュースなどで
知っているが、ディーゼル列車でも充分な気がする。
新幹線が通った町は栄えると思われているが、そんな事は無い。
静岡県の熱海温泉は、寂れる一方だ。四国に仕事や観光需要が
無ければ効果は出ない。難しい問題だなぁ。

徳島駅着き、海部観光の専用待合室兼営業所に荷物を置いて
サンルートの入浴施設で一風呂浴びる。
思いのほか早く到着した。お土産を買っても時間が余る。
駅前を観光してみるが、特段見たいものが無い。阿波踊り会館から
ロープウェーで眉山に登ることも考えたが、料金を見て断念する。
ロープウェーで上がった先の観光地が、残念な確率は高い。
だったら高速バスに乗る前に腹ごしらえと思うが、ネットで見つけた
カレー屋は休みだった(´・ω・`) 

阿波踊り会館の近くが、遍路道にもなっているので、市街地だけど
遍路休憩所が建っている。1回目に歩いた際は、17番井戸寺から
徳島市街地を通る、この休憩所近くを歩いたはずだけど記憶が無い。
当時、市街地を白衣に菅笠、杖を持って歩くのが恥ずかしかったのと
車の通行量が多いのに歩道が無い、遍路道で辟易した覚えが有る。

今回2回目は、地蔵院峠のルートを選んだが、大雨で身体も荷物も
びしょ濡れになってしまった。晴れていれば峠越えに、山中に分け入る
ルートに行きたかったが、とても歩けるような状態では無かった。
峠を越えたら、派手に道を間違えてしまったし……

夜行の高速バスが出るまで営業している喫茶店は徳島駅前には無い。
大人しく海部観光の、素敵な休憩所で一休みする。
休憩所2階に、マッサージチェアが数台置いて有る。

明日の午後には、会社で仕事をしないといけない。
来年はお遍路に来れるだろうか?
将来の見通しが立たない、ぼんやりとした生活は
死ぬまで続くのだろうか?

平成27年区切打ち 平成27年8月22日 (土) その3

2015年8月22日 土曜日 その3

弥谷観音を出て、バイパス付近に辿り着く。
宮崎遍路地図では、バイパスを利用し山を越え、23番薬王寺を
目指すルートが書かれている。

1回目の記憶では、スピードの速い車の往来が多く、何度も傘が飛ばされそうに
なった記憶が有る。加えて単調な景色が続いたような覚えも。
今回は下調べの段階で、由岐、田井ノ浜ルートを選択する予定でいた。
違う道を歩いてみたいという理由と、私の鈍足では薬王寺に着く時間が17時を
回る可能性が高いと考え、JRの由岐駅から電車で徳島駅に帰る事を考えていた。

しかし、バイパス付近に着いたが、歩き遍路の道しるべは、どれもバイパスに
誘導するものばかり。どこかで集落のある水田が広がる下り道が有るはずだが
一向に見つからない。仕方が無いので一度バイパスに上がってみる。
バイパスの歩道から水田の広がる集落を見下ろすと、電柱に遍路シールが
貼ってあるのを見つけた。バイパスの交差点付近をウロウロしたところ
やっと、歩いて下に降りれそうな所を見つけた。


既に稲刈りを始めている田んぼが有り、ビーチパラソルを括り付けた
コンバインが黄金色の稲を刈り取っていた。自宅にて日記を書きためているが
この集落は小野というらしい。田んぼの先は山に道が続くルート、水分が
恋しいので、小さな商店の自販機でリアルゴールドを購入。
冷たい飲み物は美味しい。日本が自販機大国で本当に良かったと感じる。
集落の外れに、家康の一里松というのが有りました。
一里塚では無く、松を植えたらしい。歩いているので気づきますが
車で廻っていては気が付かない、小さな史跡です。

山に入る前に歩き遍路用と思しき休憩所を発見。辺川休憩所と看板が掛かっている。
有り難く休ませていただく。休憩大好きです。
休憩所の横には無人の自販機コーナーが有りました。また冷たい飲み物を
購入します。デブには水分が大切。夏だから消費量も多い。

山の中の道は、片側1車線の広い道路。でも通行量は少ない。おそらく55号の
バイパスに車は流れているのだろう。しかし、昭和の頃は、もっと幅員が狭い
道だったらしい。所どころで、旧道が廃止されてガードレールで区切られている
箇所が幾つも有った。山肌を縫うような峠道では、カーブがきつく
車のスピードが出ないから、山を崩しなるべく緩やかなカーブに変えたのだろう。

その道中、道っ端に雑誌?らしきものが落ちている。近づくと肌色が多い。
これは、田舎で出くわすエロ雑誌の落し物だろうか?

誰も咎める人はいないので、遠慮なく近づき、お宝(^^ゞを見分した。
「激裏ブロンド」と書かれていた。DVDのスリーブに入っていたものを
抜き取って捨てたらしい。自宅でエロDVDとばれない為に
偽装したい、お父さんか中学生の仕業だろう(^^ゞ

お宝を、そっと道っ端に戻し、先を進む。地元の人が作成したと
思われる、不法投棄を防止の人形が立っている。
なかなか良い出来だ。ちゃんとお遍路の姿をしている。

由岐坂トンネルが現れた。これを抜けると下り坂になり
海沿いの町に出るはずだ。

トンネルを抜け、アスファルトの道を下って行く。途中開けた
場所に、遍路用の休憩所が有った。由岐坂休憩所だそうだ。
看板の作りが、辺川休憩所と一緒だった。同じ団体が整備したのだろう。
蓋を被せてあるが、釜戸と思しき煉瓦組みの物体。
休憩所から下った先は由岐町だ。津波とか大地震が来た際に、山に避難した住民が
この釜戸を利用するために、一緒に設置したのだろう。
休める場所が有る時は、遠慮なく休む。それがメタボの定めだ。

昼頃に由岐町に到着出来そうだ。民宿 兼 喫茶店 兼 カラオケ?の
看板が道沿いに出ていた。道から少し下がった場所に建物が見える。
でも営業はしていないのか。この店が現れた辺りから、田井ノ浜海水浴場への
看板なども見かけた。町が近い証拠だろう。道が突き当りのT字路に
さしかかった。遍路用の手作り道しるべに薬王寺まで14キロと書かれている。
明日も歩けるなら、薬王寺まで行くべきだが、私の夏休みは、今日22日で
終わりだ。会社には明日の午後からシフトが入っている。お土産購入に
高速バスに乗る前にお風呂にも入りたい。

由岐町で昼ご飯を、ゆっくり食べて、JRで徳島駅に戻る事にしよう。
問題はご飯を食べられるような店が有るかどうか。

平成27年区切打ち 平成27年8月22日 (土) その2

2015年8月22日 土曜日 その2

沢山のお地蔵様も庵やお堂も、よい具合に苔生している。

月夜御水庵を後にして、峠道を進む。
舗装された道だけど、余り車の往来は無い。落ち葉が沢山路肩に積もっている。

程なく池だか沼だか、分からない場所が見えた。水遊びをしないように
注意喚起する手書き看板。味が有る絵が描かれている。
マムシに注意とも描かれた看板も立っていた。1回目を歩いた際に
やたらと大きな蛇を見たことを思い出した。四国は蛇だけでなく、ミミズ
蜘蛛と、どれも本州では見ないような大きさだった。
暖かく餌も豊富だと、大きく育つのだろう。

薬王寺へ向かう分岐に近づいた。バイパスを進めば国道55号線で
最短ルート。しかし車の往来は当然のごとく多く、菅笠が飛ばされそうに
なった記憶が蘇る。鉦打トンネルまで行けば、遍路小屋が有るようだし
そこから弥谷観音へ寄り道出来る。

歩く道は車の往来が多くなり、正直歩きづらい。バイパスに歩道が付いている
ので、安全はある程度確保されているが、歩道が無いような道も沢山有る。
徳島県は歩き遍路に理解が有るのか、歩き遍路のルート上にある国道や県道
だと、歩道を付けてみたり、長いトンネルに後付けで歩道を設置し、出入口の
押しボタンを「ぽちっ」とすると、双方の出入り口に付けられている蛍光掲示板に
「歩き遍路通行中」などと点滅する仕掛けをしてある。
徳島県から高知県に入ると、色々と落差を感じたことを思い出した。
1回目の歩きから8年以上経過しているが、高知県は相変わらずなのだろうか?

鐘打トンネルの遍路小屋に到着。道路わきのスペースに、細長い遍路小屋。
1回目も利用した覚えが有る。車用の大きな看板で弥谷観音は右に行く様に
案内されていた。もしかして結構立派なお堂だったりするのだろうか?

遍路ノートが有ったので眺めてみた。今日の記載は無い。誰も歩いていないのか?
でも平等寺で同宿の人が居た訳だから、寄らなかったのか、ノートには
書かないい人なのか

一休み後にバイパスを横断して、川に掛けられた立派な橋を渡る。
渡った先は山に繋がっており、観音様に辿り着く前に
お地蔵様や、日天月天石などを見てゆくように、看板が案内していた。

傘地蔵……舞茸に見える
日天・月天……歌碑に見える
(^^ゞ

地蔵様スペースを抜けると、再度舗装路へ。
車なんぞ通らないようで、落石などが中央にほったらかし。
歩いて行くと、右手に石段が見えた。石段の先が弥谷観音らしい。

石段の横に、ステンレス製と思しきバスタブ(浴槽)が置かれていた。
細いパイプから水が流れている。綺麗な水だった。
暑かったのでパイプから水を汲み、顔を洗う。

う~ん気持ち良い。

10時過ぎ、弥谷観音に到着した。

無住の御堂だったが、まだ新しい。敷かれた玉石も綺麗だし
境内に置かれた、七福神も新しい。掃除も行き届いており
小さなポストに、お参りした人の為に、観音様のお札を入れて有った。
二十二番平等寺の奥ノ院だと掲示されていた
お堂は大師堂では無く、観音堂。観音様は、どの仏像を見ても美人さんが
多い。男が美人さんに惹かれるのは分かるが、女性も観音様が
好きだという人が多い。何故なんでしょうな?

お参り後に弥谷観音の駐車場らしき広場に出ると
プレハブ小屋が建っていた。納経所と書かれているが、人はいない。
88箇所や番外霊場でも無いので、お遍路の繁忙期か、観音様の祭礼の
際に納経を受け付けるのだろう。

平成27年区切打ち 平成27年8月22日 (土) その1

2015年8月22日 土曜日 その1

広い部屋で1人起床。
窓を開け放つと、なにやら気配を感じた。
目線を下げると、猫の親子が居た。

親猫が、めっちゃ此方を睨んでいる。

安全に子育てが出来る場所として、宿の裏手を選んだのだろう。
エアコンの室外機の他は、雑草が茂っている場所。
まさか、窓が空いて、オッサンが顔を覗かせるとは
親猫も予想していなかったんだろう。

睨まれて、直ぐに引っ込めば良かったのだろうが
子猫が本当に小さく可愛い。生後数週間の大きさと思う。

朝食を済ませ、宿の真横にある平等寺へ足を運ぶ。

綺麗なお寺だと感じる。
掃除や手入れが行き届いている、爽やかな空間。
納経所が開く午前7時には、準備万端だった。

手水には、緑の葉が綺麗な枝を添え涼しさを演出。
納経所の中には、水出しの冷えたお茶が用意されていた。
午前7時なのに(*^_^*)

境内には弘法大師ゆかりの井戸が有った。
水出しのお茶は、井戸から汲んだ水だと、納経所のご婦人が教えてくれた。

本堂は修繕中で仮本堂へお参りする。
平等寺は畑の広がる平地に位置しているが、境内は里山?を利用した
高低差がある。本堂や大師堂は、階段を上った先にあった。

平等寺から先は、23番まで1日がかりの行程。
途中には、歩き遍路が泊まれそうな宿が有る集落は無い。
宮崎遍路地図を使う人達は、みな頑張って23番まで歩いてい行く。

畑の中を歩き、峠を越えて海沿いを目指す道行だ。
途中で、バイパスを通り山越えで23番に到るルートと
海沿いの由岐の街を経由するルートが有る。

バイパスルートは、1回目に歩いているので、今回は由岐を
経由するルートを予定している。
22日が夏休みの最終日なので、今晩の高速バスに乗らなければ
明日の仕事に間に合わない。明日は13時からのシフトを
入れて貰ったので、高速バスで新宿に朝6時過ぎに到着すれば
自宅に戻り、風呂を浴びてから出勤出来る算段だ。

今回は1回目と違い、急かされるように歩くことはしていない。
途中にある所縁の御堂や番外も極力見てゆくことにしているので
23番に到着するのを目的にはせず、由岐の集落にある駅から
徳島駅に戻れるように歩く。

畑の中を歩き終え、峠の道へ進んでゆく。月夜御水庵に8時40分頃に
着いた。道沿いに歩いていると、道路の下に位置する場所に存在していた。
見落としそうになったが、入り口が2か所あったので出口と思しき場所から
入ってみた。

細長い敷地に、弘法大師所縁の井戸と、月夜御水庵が建っている。
小ぶりな無住の庵だった。境内には大きな杉の木が立っており
途中で見た看板に「大杉は此方⇒」と書いて有ったのを思い出した。
看板通りに進めば、大杉を見ながら到着し、御水庵、井戸と
見る順番だったのか。

大杉だけで無く、沢山の木が大きく育っているため、結構暗い。
夏で暗いかと感じるので、春先や秋だとちと寂しいと感じてしまうかも。

平成27年区切打ち 平成27年8月21日 (金) その4

2015年8月21日 金曜日 その4

途中で日本が喋れない外国人男性に会う。
どうやら、ロープウェーを使って太龍寺に行きたいらしい。

しかし、さっぱり英語が話せないオッサンには道案内など
出来ないのだ。作り笑顔をで別れるしかなかった。

太龍寺に到着した。山頂近くに大きな境内を誇る札所。
観光地にもなっているのか、整備された綺麗な印象を受ける。
捨身ヶ岳?という所も見て回ろうと思っていた。
しかし、既に12時近い。遍路地図や、境内の案内図を見て気が付く。
北と南の2か所あるじゃないか……

太龍寺からの下りルートは複数ある。
予定しているルート上にある、大師像の有るほうへ寄ることにした。

やたらと眺望のよい岩の上に大師像は鎮座していた。
夏で天気も良いので、景色が楽しめる。
ヘロヘロの足腰で、狭い岩の上を移動し、大師像に辿り着く。
ロープウェーの山頂駅が見える。あれで下れば、あっという間に
麓に降りられるんだなぁ、と思う。しかし私は歩いて山を降りなければ。

初めて降りるルート。新しい看板が立っていた。
暗くなると危険なルートに付き、14時以降は入らないでください!

えー(´・ω・`) ちょうど14時じゃんか

とは言え、現在は真夏の8月。日も長い季節。注意は心にとめたが
そのまま進むことにした。

結構な勾配の下りが長く続く。自然と早足になってしまう。
体重超過で測定筋膜炎を頻繁に起こす足には要注意の道行。

そして、やってしまう。派手に転んだ。右腕に擦り傷を作ってしまった。
デカい尻を強打。1人しかいないのに、悶絶する。声でもだせば
少しは気が紛れただろうか……

14時以降は入っちゃだめよ、という看板のお叱りだろうか?

畑などが点在する集落まで下ってきた。神社が有り東屋が
立っているので一休み。お接待で貰っていた葡萄を食べる。
糖分が身体に沁みる。

その後も、ルート上には遍路小屋も建っていた。1順目には無かった
遍路小屋だと思う。すこし休憩をして宿を目指す。平等寺到着は17時を
廻ってしまいそう。景色は水田が広がる眺めになり、道は平坦だ。

平等寺到着。17時を回った。宿は札所の真横に建っている。
納経は明日になるので、そのまま山門で一礼し投宿した。

宿には先客が入っていた。私を含め3名が泊まる。うち1名は
件の外国人男性だった。私よりも早く到着していた。
私が太龍寺を降りる際は、まだ境内のベンチで横になって
休んでいた。ロープウェーで降りたのだろう。

夕食には、あなごっぽい魚の煮付け。美味しくいただくが
外国人さんには食べられないらしく。上げるから食べてくれと
ジェスチャーされる。宿の奥さんが美味しいから食べて御覧!と
勧めるが、私に託された(^^ゞ

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